2010年1月30日土曜日

Tanzania

タンザニアの名もない村の『空港』です。マサイ族の住む一帯には公共交通網もなければ道路網もないため、ドクターを乗せたセスナ機が定期的に巡回しての医療システムが存在します。カトリック教会が運営しているこのセスナ機に一度だけ乗せてもらったことがあります。2008年の夏のことでした。

セスナはマイクロソフトのフライトシミュレーターに出てくるあのセスナです。操縦席を見た時には、妙な懐かしさを感じてしまいました。飛行は地図とナビが頼りです。パイロットの目の良さにはビックリしましたが、何もないサバンナの中にまっすぐに伸びるただの道路のような滑走路に、ぴったりと合わせて降りていくのには感動しました。

感染症の患者が多く、ほとんどの患者な子どもたちです。集まってきたお母さんたちを相手に、さまざまな啓発も行います。中には怪我の治療を求めてくる青年も。ドクターはその場でちょっとした外科的治療も行っていました。

2010年1月23日土曜日

BKK: Suvarnabhumi Airport その3


写真はスワンナプーム空港ターミナル内に掲示されているターミナルの構内地図です。向かって左側の一部分、黄色でゲートが示してあるところが国内線専用部分です。中央手前のチェックインカウンター部の左が国内線。国際線はチェックインカウンターを通り、地図ではパスポートコントロールになっていますが、そこにセキュリティーが新設されています。地図では各ピアの入り口付近に「X-ray」と記してありますが、すでに触れたとおり、それは撤去されています。中央部分が免税店街。免税店街の一つ下の階も、セキュリティーがなくなったので全般に通行できるようになりました。時間があれば静かに休むことのできるスペースになりました。飲食店街は両端に集中してます。


写真はターミナル内にあるホテル。Gピアのところにあります。人通りの少ないところで、よく探さないと分かりづらいかもしれません。この看板の奥に通路があります。看板には「Coffee Shop」とありますから喫茶のラウンジがあるのかもしれません。中に入ったことがまだありませんので、次回以降に探ります。

2010年1月22日金曜日

EBB: Entebbe Airport, Uganda


1976年6月27日、パリ行きのエールフランス139便がテルアビブを離陸後、旧西ドイツのゲリラに乗っ取られ、強制着陸させられたのがウガンダのこのエンテベ空港です。7月3日、イスラエル政府は奇襲部隊を派遣。エンテベ空港の管制塔の許可を得ずに、3機の大型輸送機をエンテベ空港に強行着陸させ、人質は1人を以外は全員無傷で解放されたと言う、有名な事件があった空港です。当時の滑走路やターミナルは現在は国連などの輸送基地になっており、新しい滑走路がビクトリア湖に向かって延び、ターミナルも新しくなっています。(上の写真は空から見たエンテベ空港。左手斜めに延びるのが旧空港の滑走路。右側がビクトリア湖)
 

新しくなったとはいえそれも70年代後半のことで、空港ターミナル自体はこじんまりとした田舎の空港のたたずまいです。旧ターミナル地区に2007年に国内専用施設が完成したとか、また国際線にもボーディングブリッジが一つ完成したとか聞きましたが、わたし自身は2005年以来出かけていないので定かではありません。(上の写真は国際線ターミナルから搭乗のために歩いているところ)


国際線で到着後は一階左端の入り口からホールへ入ると目の前に入国審査ブースがあります。2005年当時はヴィザをもってなければ、その後ろの事務所で購入できました。今はどうなっているかは不明です。日本での情報では黄熱とコレラのイエローカードが必要だといわれましたが、05年当時は全くフリーパス。おっと、入国カードの記入を忘れずに。右を向くと荷物を受け取るベルトがあり、その先のほぼフリーパスの税関を通ってロビーに出ましょう。ちなみにバッケージクレームエリアにあったトイレはとても近代的で清潔でした。ロビーではホテルの迎えやらタクシーやらでごった返しています。タクシーを雇ってしまいましょう。簡単に見つかります。カンパラの町まで昼間は混み合うので、少なくとも一時間は見ておきましょう。深夜なら30分で大丈夫です。(上の写真は、ウガンダ国内線でエンテベから北部のグルまで飛んだEagle Airの飛行機。今でも飛んでいるでしょうか)


出発は二階からです。出発ラウンジにはコーヒーを飲める場所はあります。近頃立派なところが出来ていますので、ナイロビよりも時間をつぶすのには困りません。でも何気なく始まる搭乗に取り残されないように。(上写真は、2005年当時ターミナル内にあった喫茶店)

なお2005年当時、空港ターミナルに入るまでの外のセキュリティーは大変厳しく、荷物を開けられることもしばしばでした。ところがターミナル内のセキュリティーレベルはとてつもなく低かった。今はどうなっているでしょうか。

2010年1月21日木曜日

NGO:Chubu Centrair Airport その1


中部国際空港は、当時名古屋に住んでいたこともあり、その計画段階から注目していた空港です。知人が空港内のトイレなどのユニバーサルデザインに関わったこともあり、出来上がる前から使い勝手の良い空港だと聞いていました。そして開港してから5年がたちましたが、利用する度に使い勝手の良い空港だと実感します。国内から国際への乗り継ぎも便利で、もう少し広く利用されても良いのではと思いますが、残念ながら今の不況下、さらに日航もあんな事になって、当分の間名古屋は冬の時代です。上の写真はついこの間まで飛んでいたエミレーツ航空。わたしにとっては夕方のANA便で新潟から中部へ飛び、そのまま夜11時台にエミレーツでドバイ。そしてドバイ乗り換えでナイロビやアクラとアフリカ諸都市へ乗り継ぐことができたので便利この上なかったのですが、今の名古屋の需要ではビジネスにならないのかもしれません。休止になって残念です。しばしば利用する空港ですから、これからその都度少しずつ触れていきたいと思います。

BKK:Suvarnabhumi Airport その2


スワンナプーム空港ターミナル内、制限エリアに入りセキュリティーとパスポートコントロールを通過したあとのターミナル内には、各所に出発便の表示があります。乗り換え客にとっても出発客にとっても、これだけゲートが多く各所に点在しているターミナルですから、非常に重要な情報です。表示は液晶のディスプレイですが、完成から3年ほどしかたっていないにもかかわらず、すでにいくつかのディスプレイが、写真のように作動不良となっています。


前回の投稿で触れましたが、ゲートに向かう直前に当初はセキュリティーが設けられていました。これはドン・ムアンと同じ設定です。しかし免税店に時間をとられたり、上級クラスでラウンジにいたり、飲食店で食事でもしていたりすると、ゲートに向かう途中のここで思わぬ時間をとられてしまうこともありました。このセキュリティーは撤去され、現在は写真のように広々とした場所が残されています。セキュリティーはチェックインが済んですぐ、パスポートコントロールの前に設けられ、乗り継ぎの場合も、到着階から乗り継ぎの階に上がる階段の前にセキュリティーが設けられています。

BKK:Suvarnabhumi Airport その1







バンコックの郊外30キロほどのところに新たに建設されたスワンナプーム空港は、2006年9月28日に開港しました。その後にさまざまな問題が発覚して、一時国内線の発着が以前のドン・ムアンに戻ったこともありましたが、現在では国内、国際ともスワンナプームに統一されています。しかしドン・ムアンもなにやらもったいないような気もします。ドン・ムアンではこの数年の間に拡張工事も進んでいて、スワンナプームがまもなく出来上がるという頃にも、新しいターミナル・ピアーがオープンしたばかりでした。新空港の建設が進んでいた中で、ドン・ムアンの拡張もしていたのですから、タイの太っ腹さには驚かさせられます。長年いろいろな機会に利用した空港でしたので、ドン・ムアンのあの猥雑な雰囲気が懐かしいですね。さて早速2006年10月にタイのチェンマイに行く機会がありましたので、この新しい空港を、トランジットでしたが訪れる機会がありました。その後さまざまな用事でタイを通過したりタイに滞在する機会があり、新しい空港にも早速の変化があったことにも気がつきました。最近では2009年の12月に、バングラデシュに行く際にタイでトランジットしましたので、そこらも含めてメモしておきます。


写真にもあるとおり、開港当初に使ったときの印象を、2006年にホームページに次のように記しました。「TGのホームページによればドイツ人の設計で、竹中工務店や大林組も加わったJVで建築されたようです。とってもモダンな外観ですし、雰囲気は関空とシャルル・ドゴールをあわせたような感じでした。ただ写真にあるように、表示のサインの色がとても見にくいグレーです。全体的に金属的というか灰色っぽいビルなので、そこに表示板がグレーと来ては、大変見にくい。さらに乗り継ぎでは到着階でセキュリティーを通過した後に、階段を上って出発階に出るのですが、サインはここでさらに一階上の免税店があるフロアーへ上らせようとします。チェンマイ便から成田便などへの乗り継ぎでは、恐ろしく乗り継ぎ時間が短く、ここでサインに誘われて免税店階に上がってしまうと、はるか彼方のゲートに間に合いません。しかもゲートに行き着くまでにもう一度セキュリティーがある。地獄です」(上の写真上が2006年開港時の表示。下が2009年12月の新しい表示)


こういった点はこの三年間折々な指摘があったのかもしれません。写真で分かるとおり変更になっていました。表示サインの色が見にくかったグレーからブルーに変更。もっともこれはシールを貼り付けた応急措置のようです。そして免税店街(つまりトランジットラウンジ・エリア)からゲートのあるピア-二移動する結節点に存在していたセキュリティーが消えました。これで買い物に時間をとられても、ゲート寸前のセキュリティーで時間がかかり焦ることがなくなりました。チェックイン後の最初のセキュリティーと、乗り継ぎのためのセキュリティーに集約され、便利になりました。バンコクの街から空港へ通じる電車もまもなく完成のようです。高速道路はばっちりですから、その意味ではドン・ムアンよりも、都心部からの到達時間を読める空港かもしれません。チェックインカウンターもすっきりしていて分かりやすい配置です。間違えようがありません。この空港は時間がたつにつれて、利便性を増し加えていくのかもしれません。